のび太と竜の騎士の考察&伏線。恐竜人は本当に敵ではない?

あなたは、映画ドラえもん『のび太と竜の騎士』にどんなイメージを持っていますか?

ドラえもん映画のなかでは

初期の名作の1つ。でもちょっと地味というか、一風変わった作品として語れることが多い

と、私は感じています。同時に

単純な勧善懲悪モノや冒険活劇の枠におさまらない独特の魅力があるものの、ストーリーや恐竜人の背景にわかりづらい部分がある。
そのせいで、一度観ただけではその魅力がつたわらない。

という側面も感じました。

そこでこの記事では、『のび太と竜の騎士』を考察し、自分なりに重要だと感じたポイントを読み解いてみたいと思います。

あわせて『のび太と竜の騎士』で描かれる伏線とその回収ポイントについてもまとめています。

ぜひ最後まで読んでくださいね。

恐竜人は本当に敵じゃなかったのか?

今回この記事で考察するポイントは、

「恐竜人は本当にドラえもん達の敵ではなかったのか?」

です。

一般的に、本作は敵がいない作品と評されています。

確かに、大魔王のようなわかりやすい悪役はでてきません。

終盤、ドラえもん達は恐竜人と戦いますが、彗星が落ちたあとですぐに和解します。
むしろ、恐竜とその子孫である恐竜人を救った神の使いとして、感謝されることになります。

でも、本当に恐竜人はドラえもん達の敵ではなかったのでしょうか?
もし彗星が落ちなかったとしたら?

スネ夫がいうように、彼らは哺乳類(人類)を滅ぼして、歴史を変えて地上で繁栄しようとした、と考えられる気もします。

なぜなら、のび太が偶然聞いた恐竜人の祭司長の話に

「哺乳類がわがもの顔でのさばっている地上を、恐竜人の手に取りもどす」

という過激な発言があるからです。

この発言だけ聞くと、完全に哺乳類を敵として想定していると感じますね。ドラえもん達が地上にこのことを伝えようとするのも無理はありません。

恐竜人が想定する敵とは?

ところが、逃走に失敗したドラえもんたちを助けたあとの会議でのこと。

バンホーの

「今度の聖戦の相手は人間じゃありません。敵はもっと巨大な正体のしれぬ相手」

という発言があります。

ここで、話がかなり変わってきます。

恐竜人は哺乳類(人間)を直接的な敵とは想定していないことがわかるんですね。

バンホーのいう「人間」とはドラえもん達のことではなく、哺乳類全体を指しています。敵はもっと巨大な正体のしれぬ相手とまで言っていますから。

6500万年前に一気に恐竜が死滅させられるような、そんな強大な得体の知れない存在が、彼らの想定する敵だということです。

つまり、先に祭司長の言ったセリフと総合して考えると

【哺乳類は恐竜人を地底に追いやった敵そのものではない。恐竜が消えた地上で棚ぼた的に繁栄した目障りな種族】

程度の存在だと思っているのがわかります。

その後、恐竜人とドラえもんたちを乗せた戦艦は6500万年前にワープします。

そして得ないのしれぬ相手との聖戦をまえにした軍団長の演説で、具体的な敵を想定した言葉が飛びだします。

それが

「ついに我々は、わが恐竜族を地底におしこめた大災害が起こるまえにきたのだ。このような悲劇がたんなる自然現象でひきおこされたとは到底おもえない。おそらく、宇宙からの侵略者がわれわれの楽園を破壊したのだ」

という旨の発言です。

つまり彼らは、敵の本命を大災害をひきおこした宇宙からの侵略者と想定していたんですね。

とにかく本命の敵から自分たちの先祖である恐竜を守る。

その結果、歴史が改ざんされ、地上の哺乳類が消滅してしまってもかまわない。

彼らはそう考えていたはずです。

その決死の思いで、あの巨大な戦艦型のタイムマシンの開発をなしとげたわけですね。

恐竜人の悲願と地上への影響

もし本当に恐竜人が地上を取りかえしたいだけなら、そもそも現代の地上人を滅ぼすという発想になると思いませんか?

ところが、あくまで彼らは過去にもどって歴史をかえるという発想に固執している。

一定の倫理観をもちあわせているとも考えられるし、でも自己中心的な匂いがしないわけでもない。善のような、悪のような、ですね。

このあたりをどう受けとめるかで恐竜人の善悪を判断するしかなさそうです。

ここを読み解くポイントは宗教です。

彼らはかなり宗教的な種族で、その宗教観に沿って物事を考えていることが、さまざまなシーンからみてとれるんですね。


また、その宗教の中心には「神」がいることがわかります。(その神こそがドラえもんというのがこの作品の一番笑うところなんですが… )

このことから恐竜人は

侵略や安易な暴力は許されないが、過去にもどって民族をまもり、その影響で歴史が大きくかわってほかの種族が消えてしまうことはOK。なぜなら、それが神の意向だから。

だと考えていることが推察されます。それを悲願というぐらいなので。

神はドラえもんなので神の声が聞こえるわけはありません。
聞こえたとしてもそれはウソです。

つまりこれは、民族的な心の声が宗教(神の声)というものをよりどころにして現れた結果だと考えられます。

民族的なプライドというのか、「大きな忘れものをとりにいかなかれば」という本能的な衝動のようなものでしょうね。

批判的にいえば、都合のいいように神の意向をでっちあげているだけですが。


映画ドラえもんシリーズにおいて、基本的に歴史を変えることは悪いことだとされています。

今回、もし恐竜人が悲願を達成したと仮定したら、地上にも大きな影響が出ますよね?これはタイムパトロールが黙っていない時空犯罪といえます。

でも、タイムパトロールは人間がつくった人間のための組織です。
人間の法律を恐竜人に当てはめることに意味はない、という側面もあります。


また、もし恐竜人が地上に繁栄したら人間であるタイムパトロールはそもそも存在しなかった可能性が高いわけで…

これはちょっとむずかしい話になってきます。

恐竜人は悪なのか?

以上を総合して考えると

恐竜人は、自分たちなりの正義の理論で過去をかえるという悲願を達成しようとした。それは地上の人間にとっては迷惑きわまりない行為で、かぎりなく悪に近い存在

だといえるでしょう。

でも、忘れてはいけないことがあります。

それは、恐竜人たちは彗星によって未来のすみかと一族の大部分を失った悲しすぎる種族だということ。未来永劫、精神的に消えない傷を負った種族だということ。

そして、白旗をあげたドラえもんから説明を受けて、すべてを理解してからの彼らの言動ですね。

民族の傷を消すことは不可能だと悟ったときの絶望感は、言葉で表すことができないものだったでしょう。

いったんは悲しむものの、それでも彼らは心の整理をつけて、素直にドラえもんに助けてもらいます。そして、心から感謝します。

結果的には、恐竜人は民族の願いを果たせませんでした。でも、必死にタイムマシンを開発した結果、この真実を体験することができたわけです。

きっと真実を体験し、すべてを理解したことからこそ得られる心の平安があるはずですよね…。

現代に戻ったあと、法王は民衆を前にしてこう演説します。

「今やすべてが明らかになった。大災害も今日われらがここにあるのも神のおぼしめしである。すなわち、恐竜族は地底で栄えよと。これが、神の御心だったのである。」

この演説、心に沁みます。

そして、地上世界にドラえもんたちを送ってくれたバンホーの笑顔とやりとりが、なんだか吹っきれた感じで…。

エンドロールとそこで流れる「友達だから」も心に響きます。

恐竜人を単なる敵とせず、民族的な背景を詳細に設定し、描ききっている。

これが『のび太と竜の騎士』の最大の魅力です。

『のび太と竜の騎士』の伏線とその回収一覧

冒頭〜序盤

冒頭の空き地でのスネ夫のセリフ

「見つかるのは化石ばかり、それも6500万年以前の物に限られてるんだぜ?」

→終盤に回収。6500万年前を境に恐竜は「聖域」で栄えるようになります。

ラジコンが多奈川に落下

ジャイアンがでたらめにいじったラジコンが多奈川に落下。

→序盤に回収。スネ夫が地底世界で目撃。のちにバンホーが改造して地底世界で監視に利用していたことがわかります。伏線というより、物語を展開させる仕掛けのような役割。

0点のテストをのび太が隠す

0点のテストを隠していることをママに疑われて、隠し場所を探し始める。

→エンディングのオチで回収。結局バンホーに送り返されてママにバレます。

スネ夫が恐竜を見る

スネ夫が多奈川や自宅の庭で首長竜を目撃。

→中盤で回収。のちに地底世界に恐竜が生きていて、多奈川と地底世界が繋がっていることがわかります。また、バンホーが原始動物保護区の監察官をしていて、地底世界で生きる生物が「地上世界へ迷い出たりするのを防ぐのが役目」と言っています。「ネッシーや地上で目撃された恐竜はそれだね」というのび太のセリフも。

庭で目撃した首長竜は、川から移動したと考えるのは無理があるし、わざわざ視界の悪い夜に、昼間見たのと同じ種類の恐竜を見ているので、これはスネ夫が幻を見たと考えるのが普通かなと思います。
2回目は幻のほうが、スネ夫がリアルに病んでいく感じが出て、ストーリー的にもリアリティが出る気がしますし。ただ、首長竜がリアルに描写されているので、どう解釈するかは鑑賞者の自由かなと。

※ちなみに、原作のコミックスでは、1回目も2回目も首長竜はシルエットで描かれています。

中盤

ナンジャ族を見たのび太のセリフ

のび太がナンジャ族を見て、カッパに似ていると思いつきます。

→その後すぐ回収。バンホーの役目が、地底世界で生きる生物が「地上世界へ迷い出たりするのを防ぐのが役目」と言うことから、ナンジャ族が地上に現れた姿がカッパのことだと匂わしています。しずかの「日本の伝説的なカッパはさっきの種族なのね」というセリフも。

のび太の顔を見てナンジャ族が笑う

のび太の顔を見てナンジャ族が笑い、ドラえもんが「地底人にとってのび太くんの顔がおかしいんでしょ」と説明。

→のちにのび太がバンホーの素顔を見て「なんだか変な感じ」というと、バンホーが「失礼だな。僕たちから見ると君たちこそ。。。まあいい」という、同じようなやりとりがある。

秘密基地に繋がる広場を通る

バンホーと出会ったあと、秘密基地へと繋がる広場を通り、ジャイアンとしずかが私物を取りに行きたいと言いますが、のび太だけ「ボクはいい。アレだから。。。」とつぶやきます。

→エンディングのオチで回収。

エンリルに着いたときの取り調べ

首都エンリルについたあと、スネ夫に会う前に取り調べをされ、住所が聞かれる

→エンディングのオチで回収。

バンホーの忠告

立ち入り禁止区域に近づかないようにとのバンホーの忠告。

→のちにのび太が竜に投げ出されて侵入してしまう。

ローの説明に対する反応

ローが街中を案内するとき法王庁の建物を説明すると、みんなが地底人の神について興味を持つ。

→終盤回収。神がドラえもんだったことがわかります。

博物館の地底世界の地図

四角い場所が「聖域」だとローから説明を受ける。

→終盤回収。聖域が「ポップ地下室」でつくった地下室だとわかります。

終盤〜ラスト

しずかが彗星を発見

6500万年前に移動後、しずかが昼間の空に彗星発見。

→その後、彗星が地球に衝突します。

おわりに

今回『のび太と竜の騎士』を考察して思ったのですが、この作品を真に理解するのは子どもには難しいかもしれません。

作品を読み解くキーワードが信仰心とか恐竜人の民族的背景ですからね。SFストーリーとしての構成もしっかりしていて骨太です。

わたし自身、子どものころの本作の印象は、

前半はワクワクしておもしろいけど、後半はいまいち盛りあがりに欠けるなあ…。

というものでした。

でも大人になって色々と思いを巡らせてみると、歴代ドラえもん映画のなかでも独特の魅力を持つことがわかりました。

ぜひ、お子さんと観るときは色々と解説してあげてくださいね。


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